「現実的になれ」
人間社会で堅実な生き方をしようとすると、よく投げかけられる言葉だ。
特に、夢や理想を語る人に対して
「そんなフワフワしたことを言っていると、ろくな目に遭わないぞ」
と言う人は多い。
それも親切心で。
だが、現実的になることは本当にそれほど大切なことなのだろうか?
夢や理想を持つことを特別良いことだとも思わない。
別にそんなものがなくても楽しく幸せに生きることはできるから。
その一方で、現実的に生きることもそんなに重要なことだとは思えない。
ある程度、現実的に振る舞うことは必要だろうが、それは一種の処世術。
単にこなしておけば良いだけのものだと思う。
それに現実的になるということは視点を変えると“現実の下僕になるということだ。
人生の主導権は現実が持っていて、人間はそれに従わないといけないということになる。
多くの人はそれに疑問を持たないのだが、実はそれが巧妙な洗脳かもしれない。
現実は人間にとっての遊び場であり、もしも主従関係があるとするなら現実のほうが人間の下僕であるべき。
そこに氣がつくと、現実というのは実に曖昧なものになってくる。
つまり自由自在に動かせるものになる。
だが、氣がつかないうちは現実に圧倒されてばかりになる。
いかにして、そこに氣づくか。
それが人生の大きなテーマの一つなのだと思う。

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